雨の日、夜の街を人が行きかう。その様子を、バスの中から眺める者がいる。
行き先は郊外の田園地帯のようだ。
その中のバス停に降りると、その女性は足早に一軒の家に向かった。
彼女がバスで来たのは、まだ自分の車を点検に出している最中だったからである。
この地域では珍しくない、二階建ての旧家である。家の中の居間では、男が一人推理小説を読んでいる。ページをめくろうとした瞬間、先程の女性 香来 久音(かなくおん)がやってきた。
彼女は焦った様子で、読書する男に言う。
「怪異が現れたようです」
その男 九木 釼郎(くきじろう)は、特に慌てた様子もなく答える。
「よし、行くか」
本を閉じた九木は、それだけ言うと玄関へ向かう。香来も後に続く。
バンに乗った二人は、怪異のいる隣町へと向かった。
同時刻、発生源となっている古井戸のそばに、少年が立ち尽くしていた。この少年は八代 亜門(やしろ あもん)。今の彼の耳には、道路の音は聞こえない。小さな林の中にある古井戸に、ただ突っ立ていた。
正確には、哀れみともとれるような目で眺めている。
亜門少年は、昔からこの場所に助け(?)を求められていると、なぜかは自分もわからないがそう感じていた。この文面だけ見たら、もし読んでいるのが恐ろしい・邪(よこし)なものだったらどうするのかと、疑問に思うかもしれない。無論、彼もそう思っていたが、気が付くとここにいる。そんなことが、頻繁ではないが稀にあった。
除霊やら封印等その手の知識には疎い亜門が、ひとまず帰ろうと足を動かしたとき、人影が二人がこちらに向かってくる。先程の二人だ。
初めに口を開いたのは香来だった。
「そこから離れて!」
彼女の声に驚いた亜門は、慌てて後ずさる。その時、一同の視界に一瞬だけ和服の少年が映った。
「大丈夫だ。敵意は感じられない」
九木は落ち着いているが、香来は警戒を緩めない。
亜門はただただ困惑していた。
「・・・」
香来が無言で、亜門に手招きする。今のうちに来いということらしい。
彼は小さく頷き、その指示に従った。
ぼんやりたたずむ青い少年の霊(?)に対し、九木が接触を図った。
九木の頭の中に、ぼんやりと映像のような場景が浮かんでくる。
数十分後・・・
亜門は自宅まで送ってもらっていた。
「今回は運良く、敵意の無い者が相手だったから良かったけど、今後この手の出来事に巻き込まれても、責任負えないからね。先に車に戻ってます」
香来は忠告するとその場を後にした。
「もし、何か気になることがあったら、まずは私達に相談してほしい。自分一人で乗り込むようなことはしないでくれ」
そう言うと、九木は彼女の後を追った。
車内では香来が待機している。その中に九木が乗車すると、こう告げた。
「ついてきたな、あの井戸神」
「え、そうなんですが?」
「かすかに気配を感じる。おそらく、前々からこの家や近所に介入していたんだろう。あの時同様、悪さをするつもりはないみたいだが」
「どうします?」
香来が不安げに聞く。
「明日もう一度、あの井戸に行ってみよう。勿論、許可をとってからな」
翌日の昼頃
管理者の承諾を得た二人は、林の古井戸へと向かう。この日は亜門にも同行してもらった。
到着した三人は車から降りて、足早に進む。歩く途中、九木が口を開いた。
「ところで、この井戸には何しに?」
「ここを見てください」
そう言って亜門は、井戸の根元を指で示す。
「ああ、そういうことか。だから、何度も彼に”同行”していたんだな」
九木は昨日、頭に浮かんだ光景を思い出し、古井に向かって言った。
亜門が指したところには、野遊びで使ったであろう草花の飾りがいくつも手向けられていた。